業界をけん引する企業の主眼は「地域貢献」
- 米良
- 1967年に創業し、2022年に55年を迎えます。キュービクル式受電設備・配電盤やLED照明の設計・開発・製造などを行っている会社です。
325名(2022年1月現在)の社員がおり、関東、関西、福岡圏域をターゲットにした業務を主軸にしています。宮崎県内での取引などももちろんありますが、全国の都市圏域で「外貨」を稼ぎ、納税や地域貢献活動で地元である宮崎県に貢献していくという方針でこの55年間やってきました。 - 米良
- 共立電照は、宮崎県の皆さんに育てていただいている会社です。都市圏での売上を地元に還元していきたいという想いは、創業当初から、創業者である米良充次、そして会長・米良充典も強く持っています。一企業として当然、業績を上げていくことや社員を守ることを命題としていますが、地域社会に貢献し続けるということにも大きな使命を感じています。
例えばこれまでに、県の運動公園にポールを寄贈させて頂いたり、本拠地である宮崎市高岡町に街路灯などを寄贈させていただいています。
また、地域貢献の一環として、雇用創出にも努めています。宮崎県内で求職されている方々を中心とした採用活動を継続していくことも、わが社の重要な取り組みのひとつとして位置づけています。 - 米良
- SDGsの17の目標の中で「つくる責任 つかう責任」という目標をことさら重要視しています。わが社は製造業ですから、「作るところから捨てるまで」を意識した展望を持って、社会貢献も含めSDGsの実現と、CSR(企業の社会的責任)およびESG経営(環境・社会・企業統治を意識した経営)に向き合っていきたい、それが実現できるポテンシャルを持った会社であると思っています。
共立電照と言えば、省エネLED照明の開発製造で
業界をけん引する存在ですね
業界をけん引する存在ですね
宮崎市青島での清掃ボランティア活動のほか、本社を置く宮崎市高岡町の中心部に
照明や街路灯の寄贈もされています。
照明や街路灯の寄贈もされています。
近年、国際社会ではSDGs(持続可能な開発目標)への取り組みが強化され、民間企業にも地球環境に配慮した取り組みやパートナーシップなどが求められていますね。
「川上の一滴を生み出す」を目標に
- 米良
- 「今まで以上を創る」というスローガンのベースとなっているものは、創業者と会長が作った経営理念です。米良企業グループの社是は「育人・敬客・愛品」。まず、人は財産ですから人財を大切に教育すること、そしてお客様を敬うこと、仕入れ先様をはじめいろいろな関わりのある方々を大切にする、そしてお客様に愛される商品をご提供すること。これは、社会の皆様と弊社との約束ごととして掲げているんです。また、社員と会社の間においては「誠実・正確・工夫・積極・連絡」の5項目を約束しています。
今のわが社があるのは、この2つの約束ごとをベースに、これまで力を尽くしてくれたすべての社員と、関わってくださったすべての方々のおかげだと思っています。 - 米良
- 弊社の未来は、どれだけ素晴らしい製品を作っていけるかにかかっています。スローガンのとおり、「今まで以上を創りこんで」いくことが土台になると考えています。
まずは、製品のブラッシュアップ。しっかりとした品質を守りつつ、さらなる品質の向上に努めることが重要です。そのためには、社内すべての業務において、「今まで以上」を創っていくことを意識する必要があります。例えば、今まで以上に効率がよい製造工程はないか、今まで以上にお客様に使いやすいと実感してもらえる製品に改良できないか、新しい技術や商品を開発できないか、これまでの業務や作業のひとつひとつの過程で、そうしたことを意識していくわけです。
この数年は、社会情勢が目まぐるしく変化しています。こうした変化に柔軟に対応できる製造を行っていく必要もあります。弊社が持っている技術を土台にして、時代に合った技術、変化に即した技術を社員一丸となって新しく創り上げていきたいと考えています。
目指すは、「川上の技術の一滴をなんとか自分たちで生み出す」こと。川上の技術を作り出すことによって、将来も持続できる骨太の会社にしていけると考えています。
「今まで以上を創る」をスローガンに掲げ、事業に邁進されています。
(株)共立電照 三高テクノ工場
「グレートリセット」と呼ばれる大変革の時代に突入したといわれています。共立電照はどのような将来ビジョンを持っているのでしょうか。
コロナ禍で感じた社会への疑問を経営に活かす
- 米良
- 弊社は製造業ですから、社員には出勤して製造活動をしてもらわなければいけません。製造に関わる社員が安全に働くにはどうしたらいいか。万が一、感染者が出た場合の対応をどうしていくべきかを検討し、通常の勤務形態を続けながら、社員には体調が悪い場合や不安を感じた場合には会社に申告・相談してもらい、臨機応変に対応していくよう努めました。社員も、業務中はもちろん私生活においてもよく注意してくれており、感謝しています。
- 米良
- 新型コロナウイルスと共に過ごしたような1年でした。任期中は、コロナ禍における全国各地の厳しい社会状況をつぶさにお聞きしました。
新型コロナウイルスは、それまでも存在していた将来の不安ごとを目の前に突きつけてきました。先延ばしにしてきたさまざまな課題について、どうすべきなのか、いつまでに何をするのか、ということを次々に考えさせられた気がします。コロナ禍は、世界中の人々の意識を変えたのではないでしょうか。
青年部を構成する30~40代は、家庭でも社会・経済活動においても大きな我慢を強いられている世代だと思います。しかし活動が制限される中でも、社会のために、未来のために一歩ずつ歩みを進めていかなければ、皆が委縮してだれかに依存してしまう社会にしかならないですよね。コロナ禍を通して、そんな国でいいのか、そんな社会でいいのかと何度も考えました。 - 米良
- そうですね。今は高く飛ぶために踏ん張る時だと思います。こんなときだからこそ、挑戦する気持ちを忘れてはいけない。挑戦し続けなければいけないんです。
会社経営において、挑戦していくためには若い社員たちの言葉に、そして会社を育ててくれた先達の方々の声に耳を傾け、情勢をしっかりと見極めていかなくてはいけないんだ、そうした会社を作っていこう、という思いをコロナ禍を通して痛切に感じました。 - 米良
- 沖縄県那覇市に開設していた事務所を法人化しました。地域貢献そして人財教育を謳っている会社として、寄付寄贈や雇用創出だけではなく、その地域で日々の営みを重ねておられる皆さんと向き合った営業を展開していかねばならないと考えたからです。これも、会社経営における新たな挑戦のひとつと言えます。
いまだ新型コロナウイルスによる感染拡大の影響が続いており、終息の兆しが見えません。コロナ禍でどのような影響を受けましたか?
2019年3月9日に宮崎市内で開催された日本商工会議所青年部会第38回全国大会 日本のひなた 宮崎大会記念式典で挨拶を行う米良充朝大会会長(当時)
日本商工会議所青年部の会長としての活動期間も、コロナ禍と重なりましたね。
コロナ禍、そして日本商工会議所青年部の活動を通してリアルな危機感を抱いた、と。
そうした中、2021年5月に那覇市に㈱沖縄共立を設立、代表取締役に就任されました。
挑戦を忘れるな、研鑽を忘れるな、
そして恩義を忘れるな
そして恩義を忘れるな
- 米良
- まだまだ勉強中の身ですから、私が経営を語るなどおこがましい話です。ただ、ひとつだけ言えることは、経営者としてやるべきことは挑戦し続けることであろうと思います。創業者である祖父、会長である父の背中を見て、そう強く思います。同世代の経営者と共に学び切磋琢磨している商工会議所青年部には、「先導者たる気概で研鑽に努めよう」という指針があります。これも、挑戦を忘れるな、研鑽も忘れるな、という意味だと解釈しています。
わが社は、社員と共にあり続けることはもとより、お客様や仕入先様をはじめ関わってくださるすべての方々と共にある会社です。恩義を忘れることは決してありません。だからこそ、挑戦し続ける気持ちを忘れない。これは経営者にとって非常に大きな使命であると思います。
さらに、経営者は、社員を上から引っ張り上げるだけではなく、下から支えもする者である。そして挑戦し続ける心を持って、感謝を忘れない者である。そうした理想像を目指して、一歩ずつ前進できる人間でありたいと考えています。
最後に、宮崎県を代表する企業の経営者として、ビジョンをお聞かせください。